Category: J-Pop
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想いを音楽に込めて――YouKeyが紡ぐ物語
日本・大阪を拠点に活動するインディペンデント・ソロボーカリスト、YouKey。心に響く音楽と誠実なアーティスト性で、多くのリスナーを魅了し続けています。 今回のCity Stories独占インタビューでは、音楽活動の歩み、創作のインスピレーション、心に残るライブパフォーマンス、そしてこれからの夢や目標について語っていただきました。 ぜひ、音楽の裏側にいるアーティスト・YouKeyの素顔をご覧ください。 初めてYouKeyさんを知る読者のために、自己紹介とこれまでの音楽活動について教えてください。皆様、初めまして。日本でソロヴォーカリストとして活動してる、YouKey(ユウキ)です。大阪府吹田市出身です。好きな食べ物はバウムクーヘン、好きなスポーツはバスケットボールです。尊敬するアーティストは幾田りらさんと堂本剛さんです。2017年に「君にとどけ」という楽曲で、デビューし、現在までに配信リリースとして6曲リリースし、日本では、野外フェスやZeepで LIVE出演させていただいてます。最近では韓国の音楽YouTubeコンテンツ「ALLTHINGS」にAffirmationという楽曲で出演させていただき、皆さんに知ってもらえるようアジアに視野を向けて活動しています。プロの音楽活動を始める前は、バスケットボールに熱心に取り組まれていたそうですね。アスリートとしての経験は、現在のご自身やアーティスト活動にどのような影響を与えていますか?そうですね。バスケットボールで得た経験というのは、どんなに大勢のオーディエンスがいたとしても、一切緊張しない度胸が身につきました。バスケットボールとライブステージ、プレイを観られるということに関しては共通点はあると考えてます。また、歌というステージにおいて、良いことばかりではない事もあります。それを乗り越えるための強いハートをバスケットボールで学びましたスポーツの道から音楽の道へ進むことを決意したきっかけは何でしたか?また、その決断を後押しした特別な出来事はありましたか? バスケットボールは10歳の頃から大学でも続けてましたし、プロという道を目指していた事も事実です。これはとても、言い難い事ですが、僕がチームに馴染むことが難しかったということ、その中で昔から歌う事が好きであったこと、本当に長い期間悩みました。その時にオーディション雑誌に、有名事務所の養成所の募集が載っていたのがキッカケで、両親とも口論となりましたが、バスケットボールから歌う道に進むことにしました。「やらない後悔」を作らない為に。ただ、何年もの間、両親に本当の理解を得るまでに時間がかかりました。周りの知人にも嘲笑されました。ですが、今では両親も周りの知人も最高のファンです。 2017年にデビューされましたが、これまでの活動を振り返って、最も大切な学びや経験は何だと思いますか? 2017年にデビューしてから、順風満帆というわけではなく、曲を出したくても事務所のGoサインが出ない事が多く、衝突する事もありました。そんな中でも「自分のやるべき事は変わらない」、「常に準備を怠らない」この当たり前の事をやり続ける為の期間だと自分で思い、それが今になって活きているなと思います。また、一人でも僕の歌を聴いてくれる人がいること、そういう人達に支えられて今があると思ってます。あとは、自分に嘘をつかないこと、周りに合わせない事。正解なんてないですが、自分に正直でいれば、きっと歌は届くと思ってます。 ご自身の音楽やアーティストとしての個性をどのように表現しますか? 端的な表現するなら、「唯一無二の声で、物語を紡ぐヴォーカリスト」です。声は地声も歌声も変わった声をしていると、過去のボイストレーナー達からも言われ続けてました。ただ、僕は自分の声はあまり好きではないです(笑)時に爽やかに、時に荒々しく。声が爽やかすぎて失恋ソングが似合わないとも言われたり、自分でも思います。ポジティブな曲に合う声なんだなと。また、綺麗に整えるよりも、その時の温度を残すことを大事にしてます。だからこそ、直接心に触れるような音楽になっていると思います。 音楽活動において、最も影響を受けたアーティストやジャンル、または人生経験について教えてください。 最も影響を受けたアーティストは「堂本剛」さんですね。KinKi Kids(現DOMOTO)とは別で、ソロ活動をされる中で、独特な歌詞の世界観に惹き込まれ、真似できない歌詞の世界、こういうのを表現したいなと思いました。彼のソロデビュー曲「街」の歌詞は現代を表してて、その歌詞を24年前に書いていた事に驚きです。当てはまるフレーズばかりで、この曲は僕の中でも最大級のインパクトを与えてくれました。また、事務所に所属するキッカケになったのは彼の「縁を結いて」という曲を僕がアカペラで歌った音源です。また、「幾田りら」さんの「Answer」は僕を支えてくれて、「Ayase」さんの「うるさ」も僕にとってとても刺激を与えてくれてます。他のR&Bや様々なジャンルも聴きますが、僕はJ-POP派ですね。 YouKeyさんの楽曲には、感情的で前向きなメッセージが込められていることが多いですが、歌詞を書く際のインスピレーションはどこから得ていますか? 難しい質問ですね(笑)作り込まない事を心掛けているので、降ってくるまで待つスタンスです。テーマとかも、次はこんな歌詞を書こうとかはなく「よし、書くぞ!」でもなく、「あ、浮かんだ」みたいな感じで、そのワンフレーズから一気に最後まで書き上げてます。もちろん微調整しますが、一度詰まったらそこで止めて、また浮かぶまで全然違う事してます。ただ、日常生活で思ってたことや、趣味嗜好の中で生まれているフレーズもあったりはします。本当に良い意味で「自然体」を貫けてると思います。その中で、「僕」を描くのではなく、「僕が紡ぐ物語」を描いてます。 楽曲制作では、アイデアが生まれてから完成するまでどのようなプロセスを経ていますか? 今までは、「曲」を提供してもらい「作詞」をするスタイルでした。ただ、今は「歌詞」ありきなので、歌詞が出来たら、そこから鼻歌でとりあえず一度歌ってみます。メロディラインが完成したら、そこからまた鼻歌でひとつひとつの音を組み合わせていきます。「ギター」とかだと、「ジャカジャカジャーン」みたいな(笑)。僕は楽器何も弾けないので、最近曲作りを勉強してて(笑)だから、最初から楽器の音よりも、鼻歌で組み上げると、より自分の中でマッチするというか。そのかわり時間はものすごくかかります(笑) これまでにリリースした楽曲の中で、特に思い入れのある一曲はありますか?その理由も教えてください. 僕の歌手活動を変えたのが「Affirmation」という楽曲です。今では僕の代表曲ともなりました。事務所を退所してから、「Shine Blue」という制作会社より1DMが届き、そこで、中島美嘉さんやJUJUさん、ももいろクローバーZなどを手掛けた音楽プロデューサーの「木村篤史(Kimny)」さんと出会うことが出来ました。まさか、そんな出会いがあるとは思ってもなく、すぐに制作の依頼をしました。結果、iTunesチャートなど日本でランクインし、海外でも聴かれる機会が増え、今年の5月に韓国での音楽YouTubeチャンネル「ALLTHINGS」に出演することもできました。Affirmationが世に認められ、それとともにYouKeyが認められる機会が増えた楽曲です。 コロナ禍で活動休止期間を経験されましたが、その期間はどのような時間でしたか?また、音楽活動への復帰を決意した理由は何ですか? コロナ禍での活動休止直前に「サクラキミオモフ」という曲をリリースし、その後、世界中でパンデミックとなり、正直「3年間は人前で歌う正常な世界にならない」と勝手に思ってました。当時は YouTubeやTikTokなどのプラットフォームが爆発的に伸びた時代でしたが、事務所はその期間、ラジオにシフトチェンジしようとしており、「僕の意図はいかに歌を届けるかにあり、当時はラジオというプラットフォームは違う」となったため、活動を休止しようと決意しました。また、活動休止期間は歌うことからも一度離れ、何が自分に必要なのかも考えてました。その間に歌うことへの情熱は無くしたことはありません。いつでも歌えるように、準備はしてました。復帰を決意したのは、SNSからの皆さんの声と機運が重なったこと、そして、レーベルを辞めてフリーで活動をするための、ある程度の下準備もできたというのが大きいですね。ただ、僕を所属させてくれたプロダクションには感謝しています。 2024年には独立し、ENI MUSICを立ち上げられました。その決断に至った背景を教えてください。 独立する前のプロダクションとの方向性が昔と変わり、僕の考える方向性とは違うと明確に、活動休止期間中にわかったことですね。僕個人は歌う事のみをしたい、プロダクションは俳優業をメインにしていきたい、交わることはないなって思いました(笑)円満退所ですよ(笑)独立して個人でやるとなったときに、「YouKeyを表現するプロジェクト」みたいなものを決めたいなと思ってました。「ENI」という言葉には様々な意味が込められています。・Entertainment・Natural・Identity・ENIは日本語で「縁(えに)」、英語でいうと「connection」や「affinity」が近いかもしれません。これからのスタートに向けて「自分らしく」という思いが強く、「人と人との繋がりを大切に」ということも今まで以上に大事にしていこうという思いもあり、この名前になりました。 インディペンデントアーティストとして活動する中で、最も大きな挑戦とやりがいは何ですか? 自由に挑戦ができること、これが1番重要ですね。その中で、今まで挑戦しにくかった音楽フェスへの挑戦や、新たなプロデューサーと仕事が出来たりやりがいはとても感じます。自分のペースで、自分の感性を大事にできることがとてもリラックスしてできます。ただ、スケジュールを全部自分で管理するのは大変です(笑)その中で最大の挑戦はOTONOVA2026への挑戦ですね。参加総勢2700組のインディペンデントアーティストの中からオーディエンス投票でNo.1を決める日本でも有数のコンテストですから。 『Affirmation』や『雪解けの記憶』などの最近の楽曲には、どのようなストーリーや想いが込められていますか? 『Affirmation』はJ-ROCKに初めて挑んだ曲で、中毒性の高いエッジのきいたロックナンバーに仕上がりました。「まわって まわって まわって ループの中へ…」と繰り返されるサビのフレーズは、非常にシンプルでありながら強力なフックを持っています。疾走感と、一度聴いたら耳から離れない中毒性が共存していると思ってます。タイトルである「Affirmation(アファメーション)」には本来、「自己肯定」や「理想の自分を引き寄せるための肯定的な宣言」という意味があります。しかし、メッセージとして現代社会への鋭い風刺が隠されており、「同調圧力」と「自己喪失」への違和感、歌詞には「誰かの影を踏んで」「誰か真似てる 踊る 踊る 踊る」といった、SNS社会や現代における「他人の目を気にして模倣し合う空気感」を連想させ、本当の自己肯定とは何か、単に「前を向こう」と綺麗事を歌うのではなく、盲目的にポジティブな言葉を唱えたり、他人の真似をしたりして「自分」を見失っていくループ(=現代の歪んだアファメーション)に疑問を投げかけています。そのうえで、「そこから抜け出し、本当の自分らしく進む」という強い意志が込められています。 『雪解けの記憶』は単純に「冬の歌って自分のラインナップにないなぁ」と思って作りました。ただ、そのなかで「雪のファンタジーさも取り入れたい」と思いピアノのストリングスを取り入れ、歌詞の中にも「冬の魔法」というワードを入れたりしました。テーマは失恋なんですけど、喪失ではなく、再生の道を描いていて、「雪溶け」ではなく「雪解け」にしているのは、溶けてしまうと何もなかった事になるけど、解けるだと、自分の心の中で全てを受け入れて進んでいこうという意味になるかなと思い、この楽曲が出来ました。ただ、リリースした音源はデモ音源のままなんです。僕が申請する際に間違えました(笑) ご自身の音楽を聴いたリスナーに、どのような気持ちになってほしいと考えていますか? 何かのキッカケになってくれればいいかなと思ってます。それが新しいチャレンジをするときなのか、気持ちが落ち込んでるときなのか、新しい恋をするときなのか、リスナーの背中を押せる、「よし、やるぞ!」みたいな気持ちになってくれると嬉しいですね。僕の名前も「You」と「Key」がくっついてて、「あなたのキッカケになれれば」そういう思いが込められてます。 OTONOVA 2026のファイナリストに選ばれましたが、この経験はご自身にとってどのような意味を持つものでしたか? 僕の今までのなかで最大の挑戦ではありました。まず、ファイナリストとして、当日ステージに立つ事ができたのは応援してくれる皆さんのおかげで立つ事ができました。これはとても感謝すべき事です。OTONOVAはYouTubeでもLIVE配信されてました。Zeepという大きな舞台に立つ事ができ、そのなかで、みんな初めて会うファイナリスト同士の交流があり、互いにリスペクトを抱きながらも真剣な勝負の場でした。そのなかで、かけがえのない仲間ができ、リスペクトをもって接する、終わればノーサイドで談笑できる、人としても歌手としても成長できる経験でした。また、僕を初めて観る人達も大勢いるなかで、SNSなどの反響もあり、出場して良かったと感じた場でもあります。このインタビューと同じように(笑) ライブパフォーマンスの中で最も好きな部分は何ですか?また、スタジオでの制作との違いをどのように感じていますか? ライブパフォーマンスの曲限定でいいのであれば、『Affirmation』と「君にとどけ」の2曲ですね。2つの曲共にサビの部分で腕を挙げて回したり、振ったりとオーディエンスと一体になって楽しめる様にしています。フェスなどで観る景色は最高の景色になります。スタジオ制作との違いは、制作時はあくまで音に対して忠実にという部分があり、何回聴いても耳に寄り添えるようにと歌いますが、ライブでは熱量そのままに歌うという感じなので、テンションも歌い方もまた変わるなぁと思います。 ファンとの交流の中で、特に印象に残っているエピソードがあれば教えてください。 OTONOVA2026ファイナルの出番後に知人やファンに挨拶に行ったのですが、その時に僕を初めて観てファンになってくれた方がいて、その方も後日初めて人前で歌うとの事で、勇気をもらいましたと言っていただけたり、写真を撮ったりサイン書いたりなど、また、別のアーティストなのですが交流があり、そのアーティストのファンの方が声をかけてくださり、僕を応援してくれていて談笑したりと、普段のライブとは違った交流の仕方で、皆さんがリスペクトを抱いてくれてたので今までで一番印象には残ってます 音楽活動以外で、リフレッシュやインスピレーションを得るために楽しんでいることはありますか? 自然の中でのんびりする時間が好きで、公園に出かけたり、ランニングなどで身体を動かしたりして、喧騒やデジタルの時間を無くすようにしてリフレッシュしてますね。あとは漫画を読むとかしてます。漫画の言葉とかって学びになることもあるなぁと思ったりしてます。 アーティストとして、現在取り組んでいる目標や今後叶えたい夢について教えてください。…
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妥協なき創作 ― Nibiが歩むインディペンデント・ミュージックの道
静かな内省から壮大な映画音響まで、Nibiは日本のインディペンデント音楽シーンで独自の地位を築いてきました。2020年に東京で、ボーカリストの高橋のりえと作曲家/プロデューサーの大村知也によって結成されたこのエレクトロニック・デュオは、アンビエントの質感、オルタナティブ・ポップ、実験的エレクトロニック・ミュージックを巧みに融合させ、聴く人を没入感のある音響世界へ誘う、深い感情を呼び起こす作品を生み出しています。 記憶、悲しみ、自己省察をテーマにしたNibiの音楽はジャンルの枠を超え、映画、文学、視覚芸術、日常生活からも着想を得ています。彼らの緻密なソングライティングとサウンドデザインへのアプローチは、親密さと映画的な雰囲気を兼ね備えつつ、明確に彼ら自身らしさを保つ音楽を生み出したとして高く評価されています。 この独占的なCity Storiesのインタビューでは、Nibiが自身の名前に込められた意味、創作パートナーシップの発展、独立アーティストとして活動する上での困難と喜び、そして音楽を形づくる哲学について語ります。さらに、ライブパフォーマンスや創作の着想、今後のプロジェクト、そして世界中の観客に自分たちの音楽を届けたいという願いについても語っています まず初めに、Nibiを初めて知る読者のために、お二人の自己紹介とユニット結成のきっかけを教えてください。 私たちは東京を拠点に活動するエレクトロユニット、Nibiです。2020年に、ボーカルの高橋のりえと、作曲・アレンジの大村知也がコロナ禍での共同制作を機に結成しました。 「Nibi」という名前にはどのような意味や想いが込められているのでしょうか? [のりえ] 私がユニット名を提案しました。最初に思い浮かんだのは、それぞれが個人で活動していた者同士で結成したユニットだったため、二匹の魚が共に泳ぐ姿をイメージした「二尾」という言葉でした。 二文字で収まりがよく、ユニット名としてとてもしっくりきました。ただ、二匹の魚が泳ぐ姿だけではイメージが具体的すぎると感じ、もっと抽象的な意味を持たせられないかと考えました。そこで出会ったのが、同じく「にび」と読む「鈍」という漢字です。 「鈍」を使った「鈍色」は、平安時代に悲しみや喪を表す色として着物や法衣に使われていた日本の伝統色です。私たちの作品でも「悲しみ」を大きなテーマの一つとして扱うことが多く、その日本独自の表現に強く惹かれました。 日本語には、同じ音でありながら、漢字や文脈によって異なる意味を持つ言葉が数多くあります。私自身、その曖昧さや多義性も日本語ならではの魅力だと感じています。そんな「二尾」と「鈍」の二つの意味を重ね、さらに世界中のオーディエンスへ音楽を届けたいという思いから、漢字ではなくアルファベットで「Nibi」と表記しています。 Nibiを結成する前は、それぞれ異なる音楽活動をされていましたが、その経験は現在のNibiにどのような影響を与えていますか? [大村] 元々、のりえさんはシンガーソングライター、僕は映画・映像音楽の作曲やDJなど、それぞれ全く違う音楽をやっていました。二人の最も大きな違いは、歌詞などの「言葉」で表現するか、「サウンド」で表現するかという点でした。1st EP『Membrane』の頃は、二人にとって唯一の共通項だったAmbient Musicを手がかりに、お互いが目指したい方向や曲の捉え方を擦り合わせていきました。僕は元々ジャンルを横断して音楽を聴くのが好きだったので、のりえさんの日本的なメロディーや歌詞と、90年代以降のエレクトロやダンスミュージックを組み合わせました。その二つが少しずつ混ざり合って、今のNibiの土台になったと思っています。 インディペンデントアーティストとして活動する中で、最も大きな挑戦と、それを上回るやりがいは何ですか? [のりえ] 『From Snow』のMusic Video(以下、MV)撮影は、私たちにとって大きな挑戦でした。Nibiとしてはこれまでで一番規模の大きい映像制作で、撮影地も長野県の雪山だったので、準備から当日の進行まで簡単なものではありませんでした。 映像のプロットやアイディアは大村さんが作成し、それをNibiの映像作品を手掛けてくれている伊藤聖也さんに共有しました。彼は、Nibiの理念を大切にしてくれている大事な仲間です。映画のようなMVという方向性をとても面白がってくれて、俳優やカメラマンの手配など、撮影に必要な準備を進めてくれました。 当日は制作スタッフが少なかったので、私たち自身もスタッフとして動きながら、全員で力を合わせて撮影しました。完成したMVは想像以上の出来で、楽曲の世界をさらに広げてくれたと思います。公開後に「このMVでNibiを知りました」というリアクションもあり、インディペンデントでもここまでできるんだと実感できたことが、大きなやりがいに繋がりました。 楽曲制作では、お二人は作詞・作曲・アレンジ・プロデュースなど、それぞれどのような役割を担当していますか? [のりえ] 主に作詞は私、作曲・アレンジ・プロデュースは大村さんが担当しています。とはいえ、完全な分業ではなく、それぞれが異なるバックグラウンドを持っているので、お互いの意見を取り入れながら、対話を重ねて制作しています。楽曲制作では、決まったフローや役割分担は設けず、歌詞の内容や、作曲の方向性を話し合いながら決めていき、そこから、それぞれの分野でブラッシュアップしていくことが多いですね。 Nibiの音楽はエレクトロニック、アンビエント、オルタナティブ・ポップなど多彩な要素が融合しています。お二人自身は「Nibiらしいサウンド」をどのように表現しますか? [大村] 正直、自分でもよく分かってないです……笑。「さあ、Nibiの曲を作るぞ」と意識して作り始めることはなく、その時に生まれたアイディアや興味から自然に制作が始まります。ただ、そこから先はかなり話し合います。もし「Nibiらしさ」があるとすれば、それはジャンルではなく、曲ごとの世界観を二人で徹底的に擦り合わせていることかもしれません。「これはどんなモチーフなのか」「何を表現したいのか」といった部分を何度も話し合いながら形にしています。その中で、その曲に必要だと思う音楽的要素を取り入れていきます。結果として、色々なジャンルの要素が混ざり合っているように聴こえるのかもしれません。 楽曲を制作する際、普段はどのようなことからインスピレーションを得ていますか? [大村] 1st EP『Membrane』の頃は、よくインプロを繰り返していました。僕が作っていたフレーズやメロディー、短いループを元に、のりえさんが歌い続けながら曲の輪郭を探していく作業です。そこで思いもよらないアイディアが出てくることがあり、それが曲の方向性を決める大きなインスピレーションになることもありました。『Floss Silk』や『SILENT』は、インプロで歌った1時間ほどの音源を僕が切り貼りして、全体のメロディーを組み上げた曲です。 ただ最近は、自分の作る音に少し飽き始めています。以前はジャンルを横断して組み合わせることに面白さを感じていました。でも今は逆で、一つのアイディアだけでどこまで突き詰められるかに惹かれています。足すことより削ることの方が難しい。その難しさが今一番のインスピレーションです。 これまで発表した楽曲の中で、特に思い入れのある一曲があれば、その理由も含めて教えてください。 [のりえ] 『Floss Silk』です。この楽曲は、コロナ禍で共同制作していた作品を完成させた後、Nibiとして、自分たちらしい音楽をどう作っていくか?ということを模索していた時期に、最初に手応えを感じた楽曲でした。大村さんが何年か前に作っていたデモを聴きながら、「自由に歌ってみよう」とマイクに向かっていた時に、メロディーや歌詞の断片を掴む感覚がありました。歌詞を書く時も自分自身の内面に深く潜っていく必要があり、過去のトラウマにも向き合う時間でもあったので、決して簡単なことではありませんでしたが、完成した時は、まるで新しく生まれ直して再スタートを切ったような気持ちになりました。初めてMVを制作した楽曲でもあるので、ぜひチェックしてほしいです。 [大村] 『Living Ghost』です。これまで発表した作品の中で、唯一、ボーカルメロディを僕一人で考え、のりえさんが歌詞を書いた楽曲です。元々は90年代のUK Garageや2-Step Garageに影響を受けたクラシックなクラブミュージックとしてのアレンジだったのですが、もらった歌詞にある「幽霊」や「忘却」といったモチーフに合わせ、アレンジをゼロからやり直しました。 その変更作業は大変で、2025年末は、気づけば制作を続けたまま年を越し、2026年に入ってもしばらく籠もって制作を続けていました。その経験を通して、アレンジに対する考え方が変わるきっかけにもなった、印象深い曲です。 Nibiの音楽には映画のような世界観を感じます。映画やアート、文学などから影響を受けることはありますか? [大村] はい。特に映画や文学からは、物語の構成に大きな影響を受けています。Nibiの音楽は「シネマティック」と言っていただくこともあるのですが、実はその言葉には少し違和感があって。僕としては映画的な雰囲気を目指しているというより、映画の構造や考え方を音楽制作に応用している感覚の方が近いからです。 日本のポップミュージックには「Aメロ、Bメロ、サビ」といった定番の構成がありますが、僕はその型に当てはめるよりも、その曲が一番生きる構成を探したいと思っています。また映画は脚本だけでなく、演技、映像、音、編集、上映フォーマットなど、様々な要素が組み合わさって一つの作品になります。その複数の要素が互いに影響し合いながら、一つの作品を形作っていく考え方は、音楽制作にも非常に近いと感じています。あとは、音楽では得られない胸の昂りや感情の刺激を、映画やアート、文学からもらうことも多いです。最近では、高木由利子さんの写真に大きな影響を受けています。…
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